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いま広告関係者が読むべき小説『82年生まれ、キム・ジヨン』とは

投稿日:2019年11月26日 更新日:

 

情報収集やスキルアップのために、広告・マーケティング関連の本かビジネス書ばかり読んでしまいませんか?
たまにはもっと違うジャンル、たとえば文学とかノンフィクションとか読んでみるのはいかがでしょう。ってなんだかエラそうですが。でも、たくさんの人の共感を呼んでる小説やエッセイって、広告やマーケティング業界にいる人たちが知りたい今を生きる生活者の「本音」や「インサイト」が言語化されたものなんじゃないでしょうか?

そんな思いつき(?)をbeehave編集部の方と話していたら、新企画がはじまってしまいました。元広告代理店勤務、現在は本の紹介を中心にライター活動している不肖・私めが、みなさまの仕事のヒントになるかもしれない本を紹介していきたいと思います。

 

2019年、相次いだ炎上広告

さて、2019年も残りわずか。今年の広告業界一番のトピックといえば、やはり「女性向け広告の相次ぐ炎上」ではないでしょうか。元旦のそごう・西武にはじまり、ネット上で批判の集中砲火を浴びた広告は数知れず。

「弊社は炎上していないから関係ない」とノホホンともしていられません。10月には「ユース世代の女性の約4割が、ジェンダー差別的な表現を理由に、広告に不快感を抱いている」という調査結果も発表されています。スルーされているから気づかないだけで、じつは大いに嫌われている可能性だってあるのです。
出典:「広告でのジェンダー描写に関するユースの意識調査」(公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパン)

なぜあれらの広告は炎上したのか。なぜ企業や広告制作者は女性の反発をまねく広告をつくってしまうのか。一応、私は男、しかも女性どころか男性の気持ちでさえ理解できているかあやしい人間ではありますが(「他人の気持ちがわからん奴め」とよく叱られています)、1冊の本を読んで考えてみました。

 

ふつうの女性が抱える絶望と無力感

今回紹介する本は、韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ/筑摩書房)。ひとりの女性の半生を描いたこの小説、韓国では社会現象を巻き起こすほどのベストセラーとなり、今年10月には映画化。日本でも女性を中心に注目を集め、14万部(2019年9月時点)をこえる大ヒットを記録しています。

出典:筑摩書房

『82年生まれ、キム・ジヨン』のストーリー

主人公は33歳のキム・ジヨン。出産・育児のため新卒入社した広告代理店を退職し、夫と生まれたばかりの娘の3人で暮らしています。そんな彼女に、ある日異変がおとずれます。とつぜん夫の目の前で、母親や知人女性そっくりの言動をとるようになったのです。

原因はなにか? 夫のすすめで、ジヨンは精神科のカウンセリングを受けることになります。そこで彼女が語ったのが、「女性であること」、ただそれだけの理由で、自分と身近な女性たちが直面してきた理不尽なできごとの数々でした。

男児誕生を期待する親族からのプレッシャーで、母がお腹のなかの妹を「消した」こと。
成長するにつれて、周囲の男性から性的な視線を向けられるようになったこと。
ストーキング被害を訴えても、自分の服装や振る舞いを責められたこと。
好意を抱いていた男性から、性的なモノ扱いする陰口を吐かれたこと。

就職面接で男性にはしない不躾な質問をされたこと。
同期入社で部署も同じ男性社員よりも給与が少なかったこと。
にもかかわらず、お茶汲みなど細かい仕事はすべて女性が担当していたこと。
愛情と誇りをもって取り組んでいた仕事を、育児のために辞めざるをえなかったこと。
エトセトラ、エトセトラ……。

ふつうの家庭に生まれ、勉強にも仕事にもはげみ、結婚・出産を経たジヨンを待っていたもの。
それは幸福などではなく、臨界点をこえるほどの絶望と無力感だったのです。

 

無責任で自己保身的な励ましの言葉

「キム・ジヨン氏が卒業した二〇〇五年、(…)大企業五十社の人事担当者に行ったアンケートでは、『同じ条件なら男性の志願者を選ぶ』と答えた人が四四パーセントであり、残り五六パーセントは『男女は問わない』と答えたが、『女性を選ぶ』と答えた人は一人もいなかった」(p.89)

この小説で描かれているのは、現実の韓国をモデルにした、圧倒的に男性優位の社会です。もっとも、「日本とおなじくらいの」という説明のほうがイメージしやすいかもしれません。事実、各国の男女間格差をはかるジェンダー・ギャップ指数によると、韓国は149か国中115位。110位の日本と変わらない低さです。
出典:「共同参画」2019年1月号(男女共同参画局)

ジヨンが生まれ育った1980年代以降の韓国では、民主化が実現し、女性の社会進出を後押しするさまざまな法制度も整備されてきました。けれども、それらがすぐに人びとの価値観や慣習を変えることはありませんでした。

「これからは女性も学歴が必要だ」と発破をかけるかと思えば、「女があまり賢くても持て余すんだよ」と道をふさぐ。戸主制度が廃止されても、子どもに母の姓を継がせる家庭はわずか。

価値観の異なる年長世代だけではありません。同世代、あるいは自称・ジェンダー意識の高い男性であっても、一見ジヨンを励まし、寄り添うようで、けっして「男性であること」の既得権益を手放そうとはしません。
それは、自分の家、自分の子どもであるにもかかわらず、「僕も家事を『手伝うよ』」「育児も『手伝うよ』」と、どこか他人事のジヨンの夫もおなじです。

しかし、性差別は社会の問題です。どんなに励まされても女性個人の力で変えられるわけはありませんし、いっとき気分がよくなったからといって世の中から無くなるわけでもありません。彼ら男性たちの言動は、ジヨンにとって、どこまでいっても問題の本質をすりかえる、無責任で自己保身的なものでしかないのです。

そして、無責任で自己保身的という意味では、いま日本で多くの女性から批判を浴びている広告もおなじに思えます。

 

その広告は「誰」のインサイトを代弁しているか?

たとえば、そごう・西武の元旦広告。

出典:https://www.sogo-seibu.jp/watashiwa-watashi/

 

冒頭こそ「女性だから、強要される。」「女性だから、無視される。」「女性だから、減点される。」と、社会におけるジェンダー不平等を指摘しているようにみえますが、最終的には「私はわたし。」と、結局、女性個人の問題にすり替わってしまっています。

いうまでもなく、意識的にせよ無意識的にせよ、いまの男性優位社会を存続させたい人たち、この小説にも登場するような「組織の重要なポストは、やっぱり気の合う男同士が一番」と盛り上がるのが好きな人たちにとって、「社会は社会、私はわたし」という生き方の女性が増えるほどありがたいことはないでしょう。

痴漢も、セクハラも、入試での一律減点も、賃金格差も、育児・家事の丸投げも、そしてその結果、ジヨンのように精神が崩壊してしまうことも、すべて自己責任、あるいは努力不足として正当化できるのですから。

そういう意味でこの広告は、女性に「社会の需要に応えて変わらなきゃ」と語らせて炎上したルミネのCMとおなじく、女性向けでありながら、男性優位社会バンザイな人たちのインサイトを代弁したものといえるのです。

小説の終盤、ジヨンが夫に向かって、出産後の仕事に対する不安や、生まれる前から子どもの預け先を考えることの罪悪感について語る場面があります。しかし夫から返ってくるのは、「失うものではなく得るもののこと、母になることや子どもを持つことの素晴らしさについても考えようよ」というような、ありきたりな結婚情報誌の広告コピーのような答え。

当然、ジヨンは反論します。その言葉には、これまでの社会で「無いこと」にされてきた女性の本音がついに言語化されたような迫力が感じられます。

 

それで、あなたが失うものは何なの?

(…)

「失うものばかり考えるなって言うけど、私は今の若さも、健康も、職場や同僚や友だちっていう社会的ネットワークも、今までの計画も、未来も、全部失うかもしれないんだよ。だから失うもののことばっかり考えちゃうんだよ。だけど、あなたは何を失うの?」(p.129)

 

あなたがジヨンの夫なら、彼女の問いかけにどのように答えますか?

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瀬島 拓也(フリーライター)

新聞社や書店メディアを中心に、本にまつわる書き仕事を展開中。よく読むのは日本と海外の小説・詩・エッセイ。
会社員時代の経験を生かして、広告コピーやプレスリリース、マーケティング系記事も書いています。

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