今の私は仕事の関係で一年の大半を青森で過ごしているのだが、青森は各種都道府県ランキングで下位の常連で、なんと投票率でも全国最下位に定着している。
そこで青森県庁は選挙権年齢が引き下げられたことを契機に、先日の参院選で高校生のアイデアを採用したりお笑いタレントを起用したりして若年層をターゲットにした「1票のお願い!」キャンペーンを大々的に実施したところ、投票率は全国平均を上回るほどに改善した。
これだけ見ると「めでたしめでたし」なのだが、実はTPPに猛反発する農業関係者を中心に中高年の投票率の大幅アップが全体を押し上げた格好になっており、肝心の若年層の投票率には目立った改善は見られなかった。
単純にキャンペーンでお願いされたので投票に行くような心優しい人はあまりいなかった、と言えよう。
人は「損する恐怖」に敏感な生き物
さて突然だが、次の「得」の二者択一で、あなたはどちらを選ぶだろうか?
①あなたを含む全員が 8千円をもらえる。
②50%の確率で2万円が手に入るが、外れたら何ももらえない。
次に「損」するケースではどうかな?
① 50%の確率で一銭も支払わなくてよいが、外れたら2万円を支払う。
② あなたを含む全員が8千円を支払う。
実は両方とも期待値を計算すると②が有利なのだが、大半が①を選ぶという心理学の有名な実験がある。
その説明として挙げられるのは、「得-①:利益を目の前にすると利益を逃すリスク(=利益の損失)」を、また「損-②:損失を目の前にすると損失そのもの」を過大評価してしまうというもので、「損失回避の法則」と呼ばれる。簡単に言うと、人は「損する恐怖」に敏感な生き物であり、リターン・リスクをどう評価して意思決定をするかを説明するプロスペクト理論の根幹をなす考え方だ。
選挙でのプロスペクト理論
ここで、投票率アップに話を戻して、プロスペクト理論で考えてみよう。
まず「投票の得」を考えると、候補者から利益供与を期待できるごく少数の利害関係者を除くほぼ全員にとって「投票する得」は実感できないので、結論的に言うと「投票の得」を訴求するキャンペーン自体が成立しない。
従って、やみくもに投票をお願いされても全く響かない。いやそれどころか、特に若者の場合、お願いされなければ無視していいくらいに投票とは自分にとって価値が低いと刷り込まれてしまう危険性すらある。投票所に行くと軽食や地元産品が提供されたり、学生なら成績評価のアップなど「わかりやすい得」を提示する方が、ずっと安い費用で確実に投票率アップが見込めるはずだ。
一方、「投票しない損」はどうだろうか。TPPで自分は損をすると実感している人は、TPP阻止のために野党候補に積極的に投票する。まさに、「TPPによる目の前の損」が農業関係者を投票所に足を運ばせたわけだ。
たかが1票、されど1票…
そう考えるとやはり、損の行動誘発力はやはり強大だ。これを踏まえて若者の投票促進キャンペーンを、私なら「バタフライ効果」をコンセプトにして作りたい。
バタフライ効果とは「些細なことが後に大きな現象の引き金になる」という概念で、気象学者エドワード・ローレンツの有名な講演タイトル『ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスでトルネードを引き起こすか』から来ている。いくつものSF小説や映画のモチーフにもなっており、個人的に印象深いのが選挙にも関連するレイブラッドベリの短編小説『雷の轟くような声』。あらすじはこうだ。
近未来ではタイムマシンによる太古ツアーが人気だが、歴史を変えないため、過去に一切の痕跡を残さぬように空中回廊から見るだけ。
しかし、平和主義の候補が圧倒的優勢の大統領選の最中に太古ツアーに出かけた一人が、なんと誤って回廊を出て蝶を踏みつぶしてしまう。出発した時代に戻って特段の変化はないと一安心したものの、何か雰囲気が違う。好戦的なタカ派が大統領選に勝利し、やがて戦争に突き進んでいくことに・・・
「たかが一票」「投票してもしなくても世の中変わらないよ」と軽んじると将来に大きな禍根を残すかもしれない。投票しない損を実感させるのに、これほど響くストーリーは無いように思われる。連続ショートムービーにして、数日おきに新作をWebで公開すれば、話題を呼んで一層効果的だろう。