※この記事は、『東大教授が教えるヤバいマーケティング』の内容を一部編集したものです。
昔はスタンプカード、現在ではポイントカードという形で知られているフリークエントショッパーズ・プログラムですが、本格的なCRMのツールとしては1981年、アメリカン航空のFrequent Flyers Programが始まりだといわれています。
これはポイント還元などでリワードすることで、競合企業へのスイッチングコストを高めて優良顧客を囲い込む目的と同時に、顧客特性や購買履歴などの情報を蓄積することによって、1to1マーケティングに活用しようというものです。
家電量販店でもポイントカードシステムを採用していないチェーン(ケーズデンキ)が存在しますし、航空業界でもフリークエントフライヤーズプログラムを持たないLCCがあります。
現金値引きとポイント付与、どちらが得?
さて、消費者にとって現金値引きとポイント付与、どちらが得なのでしょうか?
ポイントシステムにはさまざまなタイプがあるため、簡単に比較はできません。
まずは、特典が「1個無料」や「空港ラウンジが使える」、というような非金銭的な場合があります。
またポイントが金銭的に使えても、還元率が
(1)顧客・商品クラスによって異なる(正規料金チケットやゴールドカードは還元率が高いなど)かどうか?
(2)線形型か非線形型(購入金額が増えると還元率が高くなるなど)か?
(3)連続型(購入金額の1%を付与)か非連続型(200円につき1ポイント付与、500ポイントにつき500円の割引券のように、閾値〔200円、500ポイント〕が存在)か?
(4)有効期限の有無や長さ
(5)単独型か提携型(Tポイントのように他店で使えるなど)か?
など、さまざまなバリエーションがあります。
ただし、ポイントを単純に金銭と見なして同じ値引率(還元率)で比較すると、現金値引きの方がお得になります。
たとえば、1万円の購買に対して10%のポイント付与があった場合、1万1000円分を1万円で購入できたため、実質値引率は約9.1%(=1000/11000)であり、10%より少なくなります。
この差は還元率が高くなるにしたがって広がり、100%の還元率は50%の値引きと等しくなります(下図を参照)。

あるスーパーマーケットのID付きPOSデータを用いた2007年の分析では、1%の値引きが3.3%の販売増加を生んだのに対して、1%のポイント付与は12%の販売増加をもたらしたことが報告されています。
つまり同じ還元率(値引率)であれば、ポイント付与は現金値引きの3.6倍、販促効果があったのです。
計算上では値引きの方が得なのに、なぜポイント付与の方が顧客にとって魅力的だったのでしょう?
理由の一つは、プロスペクト理論 ※1によって説明できます。
価値関数 ※2の形状から、大きな損失と小さな利得は、統合するより分離する方が効用は高くなります。このことをノーベル経済学賞を受賞したテイラーは「シルバーライニング」と呼んでいます。
ポイントは次回以降の購買に使えるため、今回の購入とは別の(分離された)利得と見なされる傾向が強くなります。
それに対して、現金値引きでは支払金額から値引き分が減った(統合された)損失と見なされます。
たしかにポイント還元を考慮して「実質◯◯円」と、購入時点では購買とポイントを統合して考える人もいます。
しかし多くの人は、ポイントを貯め続けて、1000円や2000円といった、ある程度まとまった額になったときに使うことが既存研究で確認されていることからも、ポイントは別会計に計上されるという分離的な解釈が支持されるでしょう。
さまざまなセールス・プロモーションを統合型か分離型に分類すると、統合型には値引きやクーポンが、分離型にはポイント、リベート、おまけ、増量が含まれます。
価値関数の示唆することは、販促単体での価値が同じであれば、分離型の方が統合型より効果が高いということです。
ポイント収集に対して強い魅力を感じて、アディクション(依存症)の状態に陥る人もいるので、かしこい消費者としては注意が必要です。
これは生体の本能的な習性である、(1)ゴールに近づくほど、その努力を加速させる「目標勾配仮説」 や、(2)ポイントを使って購買する喜びを経験することによって、その頻度が増えていく「オペラント条件付け」と関連しています。
たとえばマイレージを貯めるためだけに飛行機に乗る、特典レベルに到達したいがために無駄な買い物をするなど、ポイント収集自体が目的化してしまっては、本末転倒です。
用語解説
※1 プロスペクト理論
意思決定は、まず「編集段階」、そして「評価段階」によってなされるという理論。
編集段階では、選択肢を認識し、参照点を決定する。評価段階では、損得に対する感じ方は価値関数によって、確率に対する感じ方は確率加重関数によって、それぞれ計算され、行動が決定される。
スタンフォード大学のトベルスキーとノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大学のカーネマンによって提案された。
※2 価値関数
主観的な感覚量とリスク選好を考慮した効用関数のこと。以下の3つの特徴をもつ。
【1】人は価値判断において、金額の絶対値ではなく参照点からの乖離として相対的に利得、損失を知覚する
【2】利得の区域では凹型(concave)となり人はリスク回避的に行動し、損失の区域では凸型(convex)となりリスク志向的に行動する。
【3】損失の区域の傾きは、利得の区域の傾きより大きく、損失回避の特徴を有する
参考
阿部誠(2019).『東大教授が教えるヤバいマーケティング』株式会社KADOKAWA