東京大学経済学部教授の阿部誠氏による寄稿がスタート!
今回は、プロスペクト理論をもとに人が損得に対してどのように行動するかを解説。商品の値上げを考えているあなたに、価格付けのヒントを紹介します。
※この記事は、『東大教授が教えるヤバいマーケティング』の内容を一部編集したものです。
人は損得をどう判断し、行動している?
トゥバースキーと、ノーベル経済学賞を受賞したカーネマンが提案したプロスペクト理論では、心理物理学による人間の主観的な価値・感覚量とリスク選好を考慮して効用関数(彼らは価値関数と呼びました)に、図のような非線形を仮定しました。
この効用関数(価値関数)には次の3つの特徴があります。
【1】人は価値判断において、金額の絶対値ではなく参照点からの乖離として相対的に利得、損失を知覚する
【2】利得の区域では凹型(concave)となり人はリスク回避的に行動し、損失の区域では凸型(convex)となりリスク志向的に行動する。
【3】損失の区域の傾きは、利得の区域の傾きより大きく、損失回避の特徴を有する
以下の例を用いて、詳しくみていきましょう。
Q.1あなたは、まず10万円をもらったうえで、次のどちらを選びますか?
A)50%の確率で10万円をもらう。
B)確実に5万円をもらう。
この場合は、Bを選ぶ人のほうが多いことが実験により確認されています。
最終的にはAを選ぶと50%の確率で20万円、50%の確率で10万円になりますが、Bを選ぶと確実に15万円得ることができるので、多くの人はリスク回避的な行動をとります。
では、損失の場合はどうでしょうか。
Q.2あなたは、まず20万円をもらったうえで、次のどちらを選びますか?
C)50%の確率で10万円を失う。
D)確実に5万円を失う。
この場合は、Cを選ぶ人の方が多いことが確認されています。Cを選ぶと、50%の確立で20万円、50%の確立で10万円になり、Dを選べば確実に15万円得ることになるため、CはQ.1のAと、DはQ.1のBとまったく同じです。それにも関わらず、多くの人はリスク志向的な行動をとってCを選びます。
同じ意思決定問題でも、参照点が変わると(10万円か20万円か)、利得の領域ではリスク回避的(B)になり、損失の領域ではリスク志向的(C)ということが分かります。
利得領域でのリスク回避の代表的な例
利得領域でのリスク回避の代表的な例として、保険が挙げられます。
保険料として損害の期待価値(損害額と発生確率の積)以上を支払うことによって、現在、自分が持っている富の確実性を求めるのです。
損失領域でのリスク志向の例
損失領域でのリスク志向の例としては、株価が下がっているにもかかわらず、いつか上がる可能性にかけて損切ができない状況が挙げられます。また、ギャンブルで負け越しているときに、一発逆転を狙って大金をつぎ込むような行動も見られます。
「得は小分け」に、「損はまとめて」がありがたい?
それでは、複数の利得や損失があった場合に、価値関数のインプリケーションはどうなるでしょうか。
基準点からの利得として、ロトの賞金が当たった場合を考えてみます。
1回のロトで1万5千円が当たった時に得られる効用よりも、ひとつのロトで1万円当たった時の効用と、もうひとつのロトで5千円当たった時の効用とを足し合わせた方が、効用が高くなります。
つまり複数の利得は分離して受け取った方がうれしく感じるのです。
同様のロジックから、それぞれ複数の損失は統合、大きな利得と小さな損失は統合、大きな損失と小さな利得は分離して受け取った方が、効用が高くなります。
このことをマーケティングの例でみてみましょう。
(a) 複数の利得は分離
クリスマスが大きなイベントである欧米では、「プレゼントをひと箱にまとめるべきではない」、つまり分けて小出しにしなさいというコトワザがあります。
テレビショッピングなどでも、最初からすべての商品パッケージを提示しないで、付属品、オプション、おまけ、送料無料などを次から次へと加えることによって魅力を高めています。
(b) 複数の損失は統合
金銭的支出はまとめて支払うことで、痛みが減ります。自家用車のカーナビやメンテナンスパック、戸建住宅の照明、エアコン、カーテンなど、高額商品に付随するオプションが購入されやすい理由の一つは、後から単体で支払うより気分的に楽だということがあります。
旅行や保険のパックなども同様です。これを逆手にとって、倹約のためにクレジットカードによる月末の引落し(統合)を好まず、あえて痛みの大きい個別の現金決裁(分離)を選択する人もいます。
(c) 大きな利得と小さな損失は統合
税金や保険料を給料から天引きした方が、それらを後で払うよりいいという人が多いです。
ギャンブルの賞金も、後で税務局に税金を支払うのはかなり辛いですよね。
(d) 大きな損失と小さな利得は分離
現金値引よりリベートやポイント還元によって後で他の物を買えたりすると、なんとなくハッピーな気持ちになりませんか?
このような小さな利得は、店舗へのリピート購買を促すだけでなく、顧客満足度を高めるという心理効果もあります。
値上げを消費者にとって“損”に感じさせない方法とは?
最近の人件費、原料費、輸送費の上昇により、商品・サービスの値上げを検討している企業も多いことと思います。
同時に2019年10月には消費税率が8%から10%に上がる予定です。消費者にとっては、商品の値上げ分も税金の上昇分も、損失と知覚されます。
このダブルパンチから消費者の感じる痛みをなるべく抑えるために、値上げと税率の変更を同じタイミングで行うべきか、それとも税率変更前(例えば半年前)に値上げをするべきかを、価値関数を使って考えてみましょう。
例として、近隣で働いている人が、毎日通る定食屋の看板に掲示されているランチの値段を思い浮かべてください。
価格が上がれば一目瞭然なので、店主としてはその悪影響をなるべく減らしたいのです。分かりやすくするために、値上げ分が20円、増税分が30円として、最終的には50円の価格上昇とします。
価格表記が税込みの場合
まずは、ランチの価格が税込みで掲示されている場合を考えてみましょう。
値上げを増税の半年前に行えば、掲示される値段はまず20円アップ、次にその6ヶ月後に30円アップと、消費者にとって損失が分離されてしまいます。
一方、同じタイミングで行えば1回のみの50円アップなので、損失は統合されます。後者の方が痛みは小さいため、値上げと増税は同時にするべきです。
価格表記が税抜きの場合
それでは、ランチの価格が税抜きで掲示されている場合はどうでしょうか。
値上げを増税の半年前に行えば、掲示される値段の上昇は20円の1回のみです。
増税になったおりには清算時に30円が追加になりますが、他の商品もすべて増税の影響を受けるので、当然と思ってそれほど苦痛に感じません。
一方、同じタイミングで値上げを行うと、支払の際には看板で見た20円アップに増税分がさらに30円加算されることになり、ダブルパンチを強く感じるでしょう。したがってこの場合は、増税前に値上げをした方がダメージは少なくなります。
もちろんこれ以外にも、端数効果、看板作成費用、評判効果(便乗値上げと受け取られるマイナスのイメージ)などを考慮して総合的に値上げのタイミングを判断するべきです。
用語解説
感覚量
人が主観的に感じる感覚的な心理の強さ
リスク選好
ハイリターンのためにハイリスクな取引を行うこと。リスク志向ともいう
効用関数
金銭や財の水準によって、効用(満足度)がどのように変わるかを表したもの。
参考
阿部誠(2019).『東大教授が教えるヤバいマーケティング』株式会社KADOKAWA